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構築サーキュレーション

ツイッターでのまとめや走り書き

メタゲームと理想論

メタゲームへの追求と理想を貫く高貴さ
どちらも大事だけど落とし所をどこに持つか。
メタゲームに関して追求しすぎると主体性のないものになるし、理想を追求しすぎると環境に適応できず苦戦する。

よくある話でガルーラの最強の技構成について。
私は某氏からいつも「そもそもガルーラの技構成から構築はじまるから、技構成単位で話すのは無意味」というありがたい言葉を聴き続けてるのでこんな事を論じたくはないのだが。
ガルーラの性能を最も高めるのが猫+捨て身でこれらに@2何を入れるか。みたいな返しになる。
多くの人は冷Pと地震とか答えるだろうが、私はこの型よりもグロパンや炎Pなんかを好む。
冷P+地震は見れる範囲の広さや利便性で一目置くところがある。これが理想論とすると
グロパン+炎Pは呼ぶ相手を崩すメタ的思考がある。
ここから構築を組んでどちらのほうがパワーが出るか。
前者なら理想を追求することで環境のメタが追い付いていない状態。
これは新しいメタの中心に昇華する。
後者の場合は理想が環境に阻まれているのでメタゲームとして成立している状態。
なのでメタゲームを追随することで真理を求めるやり方。
これら2つの概念は逆方向に見えて別の考え方ではないのかという話。